「休職なんて、職場に迷惑をかけるだけだ」——私はそう思い込んで10年もの間、休職を選択肢に入れられませんでした。
心が限界を迎えて主治医に診断書を書いてもらったあとも、罪悪感から1週間も職場に提出することができませんでした。
これは、公務員の私が罪悪感を抱えたまま「休む」を選ぶまでの記録です。
診断書を出せなかった日々のこと、上司に伝えた日のこと、かけてもらった言葉、そして休職してしばらく経過した今感じていることを書きました。
私と同じような気持ちを抱えて足がすくんでいる方が、少しだけ心が軽くなると幸いです。
「休職は迷惑をかける」——10年間、選択肢にすらならなかった
最初にメンタルの不調で通院を始めたのは、10年ほど前です。
毎朝、仕事に行くのが憂鬱で、繁忙期には眠れない夜もありました。
休むための制度があることは知っていました。しかし、休職を真剣に考えたことは一度もありませんでした。
なぜなら、自分が休んだら、その仕事は同僚の誰かが背負うことになる。
誰かが抜けた分をすぐに新しい人員で埋められるほど、余裕のある職場ではありません。
だから最初に通院してから10年以上もの間、「休職」の2文字は、頭に浮かぶ前に打ち消していました。
発症から休職までの詳しい経緯は、別の記事にまとめました。
診断書は、1週間カバンの中にあった

通院しながらだましだまし仕事を続けていましたが、とうとう心が限界を迎え主治医と相談した結果、「うつ病」と診断され、診断書を書いてもらうことになりました。
でも、私はその診断書を1週間も職場に出せませんでした。
診断書はずっと、封筒に入ったまま、通勤カバンの中にありました。
仕事中、カバンの荷物を出し入れするたびに、カバンの中のその封筒が頭をよぎります。
「今日こそは」と思いながら出勤して、結局言い出せないまま帰る。
家に着いてから、妻に「今日も出せなかった」と話す毎日でした。
妻は責めることはなく、聞いてくれました。提出できない日が続いたとき、こう言ってくれました。
「先生が休みなさいって言って診断書を書いてくれてるんだから、そんなに自分を責めなくて大丈夫だよ。私が代わりに職場に連絡しようか」
寄り添ってくれる気持ちは嬉しかったです。
それでも休職により職場に迷惑をかける以上、ケジメとして自分の口から伝えなければいけない、そう思っていました。
机のタスクの積み残しを見るたびに、「自分が休んでしまうと、処理中のこの仕事を同僚に負担させてしまうんだな」と気持ちが重くなっていました。
「最近、調子どう?」——1on1で勇気を振り絞った日
伝えたのは、月に1回ある直属の上司との1on1ミーティングの場でした。
診断書を出してもらってから1週間経った日でした。
休職の半年ほど前に一度大きく体調を崩したことがあり、通院していることだけは、その上司に伝えてありました。
職場でおおっぴらにはしていなかったので、打ち明けられる相手は、実質その人だけでした。
その日、業務の状況報告をしている間も、このミーティングで本当に伝えられるのか——そればかり考えて、心はうわの空でした。
報告がひと通り終わったあと、上司が「最近、調子どう?」と聞いてくれました。
心臓がバクバクと鳴っていました。この期に及んで、まだ迷いがあったからです。
曲がりなりにも、職場には来られている。倒れたわけでもない。それなのに、「休職する」なんて伝えていいのか。
それでも、勇気を振り絞って伝えました。
主治医から診断書を預かっていること。休職を考えていること。
言葉にしたのは、たぶん数十秒です。その数十秒のために、1週間かかりました。
「あなたの替えは効かない」——返ってきた、予想していなかった言葉

私が言い終えたあと、上司は、たぶん動揺していたと思います。
でも、それを見せませんでした。きっと私に余計な負担をかけないように、平静を保ってくれていたのだと思います。
報告はその日のうちに、所属長まで上がりました。職場に穴を空ける私を、誰も責めませんでした。それどころか、みんなが気遣いの言葉をかけてくれました。
なかでも、直属の上司がかけてくれた言葉を、今も覚えています。
「身も蓋もない話だけど、職場のいち職員としてのあなたは、代替が効く。だけど、あなた自身、そして家族にとってのあなたは、替えが効かない大切な存在。だから今はゆっくり休んで、自分を大切にして」
これ以上ないくらい温かい言葉でした。
伝える前から張り詰めていた罪悪感も相まって、感情が溢れそうになりました。
同じグループの同僚にも、自分の口から伝えました。私の休職で、一番負担をかける相手です。
その同僚も、責めるどころか「今はゆっくり休んで」と言ってくれました。
その言葉に診断書を書いてもらってから1週間以上続いたモヤモヤが少し軽くなった一方、同僚が負担を抱えるのに優しい言葉をかけてくれることに心が痛みました。
少しだけホッとした…それでも頭の中は職場のことばかり
休みに入った直後は、休んでいるという事実に現実味がありませんでした。
それでも、どこかでホッとしている自分がいました。
朝、妻と子どもたちを送り出したあとの家は、静かです。その静けさの中で、また布団に潜り込む。昼過ぎまで起き上がれないほど、沈み込む日もありました。
そんな中でも、「積み残してきたタスクは大丈夫だろうか」「自分の業務を負担してくれている同僚まで、共倒れにならないか」——そんな思いが、頭の中をグルグル回っていました。
体は職場を離れられても、罪悪感は一緒についてきました。
罪悪感と安らぎのあいだで——それが今
休職に入ってから数ヶ月が経つと、日常生活には支障がない程度には回復してきました。
それでも、職場との定期的な面談で、自分の仕事を周りの職員がやってくれている話を聞いたときは、ありがたさより先に、申し訳なさが込み上げました。
今も、「復職」の2文字が頭にチラつくと、気持ちが堕ちる日があります。
ようやく整い始めた日常生活に、仕事が戻ってくるイメージがまだ持てません。
「戻れる想像ができない」…それで休み続けていることに、罪悪感がないと言えば嘘になります。
一方で、休職して良かったと感じていることもあります。それは「家族との時間」を持てるようになったことです。
働いていた頃は余裕がなく、子どもが話しかけてきても「後にして」と返してしまうことがありました。
今は、しっかり向き合えているように思います。
上司がくれた言葉を、時々思い出します。職場の人員としての自分は、替えが効く。でも、家庭での自分は、替えが効かない。少しずつですが、そう考えられるようになってきました。
罪悪感と安らぎのあいだで揺れている——それが、休職1年目の私の率直な今です。
まとめ
- 「迷惑をかける」という罪悪感で、10年間休職を選択肢に入れられなかった
- 診断書をもらってからも、1週間職場に出せなかった
- 伝えた日に返ってきたのは、「今はゆっくり休んで」という言葉だった
- 罪悪感は今も消えていない。それでも、休むという選択を後悔してはいない
もしあなたが今、診断書を出す前で足がすくんでいるなら。あるいは、休職中に同じ罪悪感を抱えているなら——同じ気持ちのまま休んでいる人間が、ここにもいます。
休職の制度そのもの——病気休暇と休職の違いや、お金がどうなるか——は、別の記事で詳しく書いています。
▶ 病気休暇と休職の違い(記事は準備中です)

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