毎朝、目が覚めると「今日も仕事だ」という思いが頭の中をよぎる…そんな公務員生活が15年以上続きました。
はじめまして。シェバトと申します。
現在、うつ病で休職中の40代公務員です。
このブログは、「公務員を辞める」「公務員を休職する」ことの背中を押すことを目的としたブログではありません。
私が仕事を離れて、俯瞰できたからこそ見えてきた選択肢を共有するためのブログです。
私自身、長い間「ツラいのを我慢して続ける」か「辞める」の2つの選択肢しか見えていませんでした。
でも実際には、休む・立ち止まる・話を聞いてもらう・環境を変える——手元にはいろんなカードがあったんです。
それに気づくまでに、ずいぶん時間がかかりました。
このブログには、休職のリアル・お金のこと・転職エージェントに相談してみた体験、そしてそれらを体験した先で自分がどういう選択をしたのかを書いていきます。
全部読んでいただく必要はありません。今のあなたに必要な記事だけ持ち帰ってもらって、少しでも心が軽くなれば嬉しく思います。
公務員を続けることも、公務員から離れることも、誠実な選択だと思う。
私はこんな公務員でした
15年以上、真面目に働いてきました
私は新卒で入庁してから、15年以上公務員一筋で働いてきました。
家族は妻と3人の子どもの5人です。
自分の公務員生活を振り返ってみると、良くも悪くも「真面目」で、仕事にはちゃんと取り組んできた方だと思います。
周りの友人たちからは「公務員だからクビにはならないし、安定していていいね」とも言われました。
自分も安定しているから、このレールから外れないようにきちんと仕事していかないといけないと思っていました。
ただ、入庁してからずっと感じていたことがあります。
それは仕事を楽しいと感じることより、ツラさを感じることの方が多かったということです。
ツラさが大きくなっていった
最初の異変は、10年近く前…異動により、初めて経験する分野の業務を担当することになりました。
それまでの経験があまり活かせる分野ではなかったので、業務内容の理解が追いつかず不安や焦燥感に駆られていました。
「なんとかしなきゃ」という焦りから、会議や打合せで頭が真っ白になる…人の話が耳に入ってこない…という日々が続きました。
溜まっていくタスクの焦りから朝は決まって早くに目が覚めて、それ以降は頭が冴えてしまって眠れない。
ずっと頭がグルグル回っているので、出勤する頃には脳が疲れてしまって仕事が思うように進まない、という負のループの生活を毎日繰り返していました。
壊れる前に病院へ行った
この時、メンタルクリニックへの通院を始めました。
メンタルクリニックに通う=精神疾患だと認めること、そしてそれを認めてしまうと自分にレッテルを貼ってしまい元の状態に戻れないような気がして、ずっと気持ち的に抵抗がありました。
でも、妻に相談したところ
「明らかに元気がないし、一度病院に行って相談してみたら?合わなかったら通うのを止めればいいし。そんなに重く構えなくていいんじゃない」と背中を押してもらって、決心が付きました。
当時の私には、「まだツラいと感じられている」という感覚が残っていました。
壊れきってしまって、自分で判断できなくなる前に一度行ってみようと思って、予約を入れました。
通ってみると、それまでの懸念は杞憂だったことがわかりました。
診察室は弱さを責められる場所ではなく、セーフティーネットみたいな場所で気持ちは確実に軽くなりました。
通院を継続しながら仕事を続け数年後には再び異動となり、なんとか持ち直したので通院も一旦止めました。
でも振り返れば、あれが始まりだったんだと思います。
その後、数年間は病院にかかることなく、仕事を続けられていました。
しかし、再び職場環境や立場が変わったことをきっかけにバランスを崩し始め、通院を再開しました。
繁忙期には眠れなくなる。早朝に覚醒する。日曜の夜が重い。
「行きたくない」
「もう無理かもしれない」
毎朝それを飲み込んで出勤する日々…
責任が増えるたび、人間関係で悩むたびに、同じ症状が戻ってくる。
心は限界を迎えていました…
うつ病と診断されて、休職した
「あえて病名は伝えてなかったけど、うつ病だよ」
10年近く耐えてきましたが、これ以上ズルズル行くと本当に再起不能になると感じ、ついにかかりつけの病院の先生に相談することにしました。
妻や仲間からも「一度休んで心が回復してから、いろいろ考えればいい」と背中を押してもらった私は、勇気を出して先生にこう伝えました。
「ツラいので、休職も視野に入れています」
返ってきたのは、こんな言葉でした。
「今まで敢えて病名は伝えてなかったけど、あなたはうつ病だよ」
ショックを受けるところなのかもしれません。
でも正直な気持ちは違って、どこかホッとした感覚がありました。
この数年のしんどさには、ちゃんと名前がついていた。
気のせいでも、甘えでもなかったんだな、と。
そこから90日間の病気休暇を経て、休職に入りました。
このブログは、自分自身の感じていたことを記録として残すため、そしてなにより同じように苦しんでいる公務員の方のためになればという思いで、休職中に感じたことや調べたことを書き綴っています。
一番苦しかったのは、公務員である自分には「選択肢がない」と思い込んでいたこと
うつ病そのものより、苦しかったことがあります。
「公務員である自分にはこの道しかない」という思い込みです。
安定を手放すなんて考えられない。家族がいる。子ども達3人の学費も必要。この給料を手放して、どうやって暮らしていく?
選択肢は「歯を食いしばって続ける」か「全部捨てて辞める」かの二択…でも、辞められるはずない以上、ツラくても続けるしかない——ずっとそう考えていました。
休職という制度は知っていました。
でも「周りに迷惑をかけるくらいなら、辞めたほうがマシだ」と本気で思っていたんです。
その思い込みを崩してくれたのは、仲間の言葉でした。
精神的に弱っていた私は「続けるか、転職か、退職か」を決めようとしていました。
そんな私の様子を見た、職場外の仲間がこう言ってくれました。
「精神的に弱っているときに、人生の大きな決断はしないほうがいい。休職というカードが切れるなら、制度を使ってゆっくり考えたほうがいいよ」
それからもうひとつ、忘れられない問いがあります。
私は「辛くても働き続けて、家族に不自由をさせないこと」が父親の責任だと思っていました。
その考えに対しても、仲間がこう声をかけてくれました。
「ツラそうに仕事に行きながらストレスを溜め、イライラしている姿を家族に見せ続けることは、本当に父親としての責任を果たしていると言えるんだろうか」
衝撃が走りました。自分が「責任」だと思っていたことは、独りよがりだったことに気付かされました。
「今いる場所から動かない限り、景色は変わらないよ」という言葉もかけてくれ、『辞める』か『続ける』の二択だと思っていた自分がほかのカードも持っていたことに、ようやく気づきました。
「休む」も「立ち止まって考える」も「環境を変える」もありました。
持っていたカードは、自分が思っていたより多かったんです。
休職中の今、思っていること
休職してから、変わったことがあります。
働いていた頃より少し早い時間に、子どもを学童へ迎えに行けるようになりました。
家でふれあう時間が増えて、学校での出来事を聞いてあげられるようになった。
それだけのことなんですが、働いていた頃の私は、この時間を素通りしていました。
「今しかない子どもとの時間」は、「安定した公務員という立場」と天秤にかける価値が十分すぎるくらいある。
そう感じています。
「休職すること」「辞めること」が正解かどうかはわかりません。復帰できるかどうかもまだ決心がついていません。
ただ、生き方に「正解」なんてないんだと思います。
世間的には「公務員は安定しているんだから、辞めるのは不正解」と言われがちです。
でも大切なのは、世間の正解ではなくて、自分がどういう価値観で、何を大事にして生きるか。
自分の中の違和感を無視しないこと。
このブログで一番伝えたいのは、この部分です。
このブログに書いていくこと
このブログでは、4つのことを書いていきます。
- 休職のリアル — 制度・お金・過ごし方。病気休暇と休職の違い、給料がどうなったかの実体験(→休職完全ガイド:準備中)
- 感情との向き合い方 — 「迷惑をかけている」という罪悪感の話など(→公務員 休職は迷惑?罪悪感で診断書を1週間出せなかった私の話)
- 「動いてみる」の体験談 — 転職エージェントに相談してみた話(→準備中)
- 選んだ道のその後 — 休職中の今、そしてこれからの記録
このブログが届いてほしい人
- 毎朝「今日も仕事だ……」と思いながら出勤している人
- 「辞めたい」とまでは言葉にできないけれど、ずっとしんどい人
- 毎日ツラいと感じながらも、今の仕事を続ける以外の選択肢が見えていない人
- 以前の私と同じように「休職するくらいなら辞めたほうがいい」と思い込んでいる人
今すぐ何かを決める必要はありません。
このブログを読んで「そういう道もあるのか」と思ってもらえたら、それで十分かなと思っています。
私は、ここで自分の体験を書き続けています。しんどい夜に、また覗きに来てもらえたら嬉しいです。
まとめ
- 公務員歴15年以上、現在休職中のシェバトが、「選択肢」に気づくためのブログを始めました
- 公務員を続けることも、公務員を離れることも、誠実な選択です
- まずは休職の制度とお金の話から書いていきます(→休職完全ガイド:準備中)

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