目覚ましが鳴る2時間前に、目が覚める。
そこから眠れないまま、頭の中だけが動き続ける。あれもやれていない、これもやれていない——。
公務員として15年以上働いて、いまはうつ病で休職しています(→自己紹介)。
仕事で苦しい環境に置かれた時に、一日でいちばんしんどかったのは職場ではありませんでした。
まだ何もしていない、家を出るまでの時間です。
朝はできていないことが全部思い浮かぶのに、手だけは動かせない時間でした。
この記事では、つらかった頃の朝をそのまま書きます。
同じように朝が重い人が、その重さには理由があったと気づけるかもしれません。
朝4時に目が覚めて、そこから2時間動けない
体調がいい時期は、5時半から6時ごろに目覚ましと同時に起きられていました。それでも、目を開けて最初に浮かぶのは決まって同じ言葉です。
あー、今日も仕事行かないといけない……
これは頭の中だけの話ではなくて、実際に妻にもこぼしていました。
ストレスが重なっている時期は、そもそも目覚ましまで眠れません。4時台に目が覚めて、そこから朝までずっと布団の中にいました。
浮かんでくるのは、こんなことです。
- あれもやれてない、これもやれてない
- いま抱えている案件、〆切に間に合うかな
- 今進めているトラブルが起きたり、うまくいかなかったりしたらどうしよう
体は重い。心臓の鼓動がドクドクいっているのが、自分でもわかるくらいでした。
2時間、そうやって頭だけが回り続けます。目覚ましが鳴るころには、脳がもう疲れていました。
一日が始まる前に、すでに脳の体力が削られている感じです。
綱渡りの朝、子どもたちに怒鳴っていた

起きてからは、止まっている時間がありません。
朝ごはんを準備して、自分たちも食べながら子どもに食べさせて、保育園の準備をして、送っていく。それから駅まで走って、電車に飛び乗る。
毎朝が綱渡りでした。
そんな朝なので、子どもにもきつく当たっていました。
早くご飯食べてって言ってるでしょ!
もっと早く保育園行く準備してよ!
ちょっとしたことで怒っていた気がします。冷静になれば、子どもなんだから大人みたいにできなくて当たり前です。
送り届けたあと、電車の中でいつも自分を責めていました。もっと子どものペースを尊重して、優しい言葉で諭せないのか、と。
子どものペースに合わせるのではなく、自分たちのペースに子どもを合わさせて引きずり回している自己嫌悪感もありました。
一番大切であるはずの子どもを蔑ろにして、自分は何のために働いているんだろう。
この問いが浮かぶようになったのも、このころからです。答えは出ませんでしたが、いま振り返ると、ここが自分の価値観を見直す入口だったと思います(→自己紹介に書きました)。
それでも「休む」は選択肢に入らなかった
「今日は休みたいな」と思った朝もあります。
でも実際に休んだことは、ほとんどありませんでした。
理由は3つあります。
ひとつは、単純に休めない日が多いこと。会議が入っていたり、その日でないとできない予定があったりします。
もうひとつは、休んでも何も解決しないこと。その日の分の仕事が消えるわけではなく、翌日に積み上がるだけです。人員に余裕がある職場ではないので、誰かがカバーしてくれることも期待できませんでした。
そして、これが一番大きかったのですが——
一度休んだら、行けなくなりそうだ
人間は楽な方に流れる。一度休んで、その味をしめたらもう元には戻れない。そう思っていました。
だから「休む」という選択肢は、頭の中から消えていました。
職場に着けばマシになる。でも消えるわけじゃない

職場に着いてしまえば、少しだけ楽になります。
ただ、しんどさが消えるわけではありません。
やらないと溜まっていくから、必死に手を動かしているだけです。無力感も、自分は何もできていないという感覚も、ずっとついて回っていました。
それでも、明け方に布団の中で頭だけが回っている時よりはマシでした。手を動かせるからです。
私はもともと、あれこれリスクを熟考してしまい手をつけるまでに時間がかかるタイプです。
難しい案件ほど後回しにして、時間だけが過ぎていく。やれていない自分にまた否定的になって、自己肯定感が下がっていました。
家に帰ると、考える間もなく育児と家事に追われ、疲れ果てて布団に倒れ込んで一日が終わる。
そして翌朝あたりも真っ暗な時間に目が覚め、後回しにしたタスクのことばかり考えて落ち込む。
朝がいちばんつらかったのは、このサイクルの中でいちばん無力な時間だったからだと思います。
できていないことは次々に思いつくのに、家では何ひとつ手をつけられません。焦りだけが募っていく時間でした。
いちばんつらかった時は、未処理のタスクが重なっているところに新しいトラブルが起きて、相談できる人もいないまま、途方に暮れ心が折れました。あの数週間は、朝がいちばんひどかったと思います。(→その話は「ストレスが限界になったとき」で書く予定です・準備中)
今の朝と、同じ朝を迎えている人へ

いま、私は休職中です。
朝、目が覚めても「ああ、今日も仕事だ」とは思いません。家事をして、好きな時間に好きなことができる。それが自分には心地いいです。
もちろん、いいことばかりではありません。職場や同僚に迷惑をかけている申し訳なさはあります。これから先の生き方を決めないといけないのに、先延ばしにしている自分へのじれったさもあります。
それでも、あのころの朝には戻っていません。
公務員として働いていると、周りの職員もみんな頑張っています。だから「歯を食いしばって続ける」以外の選択肢が、だんだん見えなくなります。
でも少し引いて見れば、休むことも、環境を変えることも、外に相談してみることも、選択肢としてはあります。あまり気を張りすぎずに、もう少し楽に考えてみてもいいのかもしれません。
あなたの思う「正解」は、世間や、他の誰かのものかもしれませんよ。
まとめ
- つらかった頃、一日でいちばん重かったのは職場ではなく朝だった
- 朝がつらいのは、できていないことが全部浮かぶのに手は動かせない時間だから
- 「休む」は、休めない事情と「行けなくなりそう」という恐怖で、選択肢から消えていた
- 少し引いて見れば、「歯を食いしばって続ける」以外の選択肢もある
その朝のあと、どうなったのか。うつ病と診断されて休職するまでの経過は、こちらに書きました。

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